◆ホワイトヘザークラブ 活動報告 2017年
2017年 11月11日(土) 13:30〜15:30 参加者10名
「The Bonny Boy」美少年
「Bonnie Dundee」ボニー・ダンディ

「TheBonny Boy」
とても若く美しい16歳の少年に嫁ぐ21歳の娘、彼を学院に行かせて、どんどん成長していくのを見守る、でも若くして亡くなってしまう……という内容。7番までのストーリー性のある、大変美しいメロディを持つ古い曲で、イギリスでもアイルランドでも歌われ、詩の中で場所や時代が書かれていないので、いろいろなヴァージョンがあり、同じ歌詞で全く違うメロディのものもあるそうです。
「16歳で結婚し……17歳で父親になり……18歳で成長を終わらせて……」と言う風に列挙していったり、
「grass grew green」と言う風に同じ子音を並べるなど、詩的なレトリックも随所にみられます。
大変美声のMary O’Hara の演奏を聴いて、全く同じ内容でも短調で全然旋律の違うJoan Baezの歌を聴き比べました。こちらの年齢が少年は14歳で娘は24歳なのも驚きですが、こちらの方が雰囲気がスコティッシュぽいと言う意見もあり!
ゆっくりとしてとてもきれいな曲なのですが、いざ歌ってみるとなかなか言葉が入らなくて一苦労。歌いにくいフレーズとしても知られていて、フォークシンガーによって歌われることの多い曲だそうです。

「Bonnie Dundee」
前々回の「The Braes o’Killiecrankie」を習った時にボニー・ダンディの話が沢山出たので、それに関連した曲ということで今回選んでくださいました。曲中のクレーヴァ―ハウス子爵はジャコバイト軍を率いたダンディ子爵のことで、ダンディと言えば昔は街の名前を指しましたが、今では彼のことを表わすそうです。
メロデイは昔からあって、10〜15曲の亜種もあり、「さあ、みんなで出陣の準備をして挙兵しろ!ボニーダンディの帽隊、万歳!」というコーラス部分はみんなが知っている、とても楽しい歌でした。
スコットランドを代表するメロディで、例えば映画などでスコットランドを暗示する時にもこのメロディがバックに使われたりするそうで、バグパイプでも演奏され、カントリーダンス曲にもなっています。

次回は1月の予定、スコティッシュデイで歌う曲の練習も行いますので、皆様ふるってご参加くださいませ。
2017年 9月9日(土) 13:30〜15:30 参加者9名
「Jock O’Hazeldean」ヘイゼルディンのジョック
「Westlin' Winds」西風と狩猟の銃声

「Jock O’Hazeldean」は、「意に沿わない結婚を進められ嘆き悲しむ娘、その娘が結婚式の当日恋人の元に行ってしまう、あるいは恋人が連れ去る」というヴィクトリア時代に流行っていた話をウォルター・スコットが詩にしたと言われ、もっと古い「John of Hazelgreen」を想い出して書いたとも言われています。
身分の高い、裕福な人と強制的に結婚させられる娘が、「あなたはきれいな花嫁になるよ!相手は領主様でダンスも上手、戦の腕も強いし、お金持ち!」と言われても彼女はずっと泣いている……そして結婚式の当日、みんなが花嫁を待っているのに、彼女はジョックと一緒に国境を越えて逃げてしまったという内容です。
いくつかのシンガーのものを聞き比べ、中にはストーリーの良くわかる映像もありました。とてもゆっくりした、しみじみ良い曲で、みんなもなかなか上手に歌えました。ちなみに、ここでの国境はスコットランドとイングランドの国境とのことで、Jockは、スコットランド人、Taffyはウェールズ人、Paddyはアイルランド人を表わす名前だそうです。日本では太郎というようなものでしょうか?

「Westlin' Winds」こちらは、ロバート・バーンズが16歳の時に書いた詩で、前半部分は、西風が吹いて狩猟の銃声が響く季節になると、秋になる、スコットランドでは8月12日に狩猟解禁となるそうで、この前半部分はいろいろな鳥たちの名前が出てきて、狩りの様子がうかがえます。第3連の強い口調は、バーンズはいろいろな鳥が殺されるのを悲しみ怒っていますが、でもこの時代、貧しい現地のスコットランド人たちは密漁で逮捕されて、遠いオーストラリアに送られてしまうのに、お金持ちたちは普段は不在地主で、狩猟の時期だけスコットランドに来て遊びで狩猟するという社会的格差をバーンズが痛烈に批判したという説もあるそうです。
後半はその頃恋をしていたPeggy Thompsonの名前が出てくるラヴソングになっています。珍しい鳥の名前が並び、古い言葉も多く、歌手によって3拍子のものと4拍子のものがあり、最初歌うのが難しかったですが、こちらもゆったりととても美しい曲でした。

今日の歌は、どちらもみんな初めての曲でしたが、本当に美しく心に染みるメロディで、ゆっくりした曲でしたので、最後はとても上手に歌えるようになりました。単語一つからもその時代の風俗や生活の様子、歴史の側面を知ることが出来、本当に興味が尽きません!

次回は11月の予定です。毎回一話完結ですので、どうぞ皆様ふるってご参加くださいませ。
2017年 7月22日(土) 13:30〜15:30 参加者11名
「The Butcher Boy」肉屋の弟子
「The Braes o’Killiecrankie」キリークランキーの山腹

本日は33℃を超す猛暑の中新しい会員も含め、11人もの方々が集まり、大変熱気あふれる会になりました。

「The Butcher Boy」は、かなり古い歌で、肉屋(トサツする人)の弟子に失恋した女性が自殺してしまい、
「私のお墓を深く掘って墓石の間に失恋の象徴のコキジバトを置いてください……」という書き置きをするというショッキングなストーリ―。イングランドやアイルランドでも同じような歌があり、アメリカでも流行りました。
悲しい歌なので、パーティなどでは勿論歌いませんが、フォークシンガーなどは良く取り上げています。
子供を産んでから自殺して、彼女の父親の膝に赤ちゃんが……というヴァージョンなどいろいろありますが、チャールズ先生の家では、自殺がほのめかされているので、歌うことを禁止されたとのこと。
内容はとても暗いのですが、ゆったりとしてとても美しく切ない歌でした。

「The Braes o’Killiecrankie」は、スコットランド人なら誰でも知っていて、コーラス部分は手拍子を交えて歌う元気な歌です。
キリークランキーとは、ピトロッホリーの近く、ハイランドのほぼ真ん中に位置し、後にボニー・ダンディと呼ばれたジョン・グラハム(初代ダンディ子爵)を擁するジャコバイト軍とヒュー・マッケイ率いるイングランド軍が激しく戦った場所です。ここでジャコバイト軍は勝利を収めましたが、ダンデイは戦死。勝ったけれど「unlucky winner」、結局負けたと同じ状態になった戦いでした。
詩はロバート・バーンズが最初に書き、後に追加されたと言われていて、自慢話をしている着飾ったイングランドの若い兵士に、老兵士が「お前さんはキリークランキーの戦いを知っているのか!あんな過酷な経験をしているのか!知っていたらそんなのんきに平気でいられないだろう!」とたしなめながら戦いの様子を話す内容になっています。バーンズ特有の韻を踏んだ言葉が多く、スコットランドの古語が沢山入っていて、「Clavers」がダンディのあだ名であったり、「auntie」がメアリー女王を表わしているという説があったり、歌詞もとても奥が深く興味が尽きません。発音が難しかったけれど、コーラス部分はみんな元気に歌えました。

次回は9月の予定です。皆様のご参加お待ちしています。
2017年 5月20日(土) 13:30〜15:30 参加者7名
「Parcel of Rogues」破落戸だらけの国
「Night Visiting Song」夜の訪問者

1曲目のタイトルの「破落戸」、皆さま読めますか? 「ごろつき」と読むのですが、参加した日本人、誰も読めず初めての日本語!にまずびっくり!!
ロバート・バーンズの作詞作曲です。長年スコットランドとイングランドはいろいろありましたが、1706年にイングランドの国会でイングランド王国とスコットランド王国が合併する連合法案が国会通過し、翌年スコットランド議会でも認められ、ついにグレートブリテン連合王国になりました。
バーンズにとってはすでに昔の事ではありましたが、合併に、は勿論反対で、この詩はその当時のスコットランド人のことを「売国奴」と非難し、「サーク川やトゥイード川がイングランドとの領地の境を示しているではないか!」「代々の戦争でも侵攻されなかったのに、イングランドとの貿易に失敗し、悪銭でわが身を滅ぼしてしまった!」と嘆きます。簡単なコーラス部分などがないので、パーティなどで歌う曲ではありませんが、Luke kelly, The Corries, Steeleye Span の映像を視聴。ゆっくりした曲調で言葉もゆっくり入るので思ったより楽に歌えた感じです。

2曲目の「夜の訪問者」は、夜に恋人を訪ねこっそり逢い、そして帰って行く……という内容の歌なのですが、「Night Visiting Song」というタイトルはこの曲の名前であるばかりでなく、身分の違い、あるいは親の反対で一緒になれない、またどちらかが幽霊なので夜しか逢えない、というように恋人たちが夜にこっそり訪ねてきてしのびあう、というような歌のジャンルをも表わしていて、そういう歌がイングランドやアイルランドにもたくさん存在するとのこと。時には子供たちのいる前では歌えない歌詞の場合も……。
この曲も作者は不明ですが、17〜18世紀の古い歌で、パーティでも良く歌われるとのこと。
こちらの歌もゆったりとしていて言葉も簡単なので、みんなすぐに歌えました!
今回は人数が少なめでしたが、新しい会員が2人も参加、積極的に歌ってくださいました。

次回は7月後半の予定です。
会は一話完結ですので、ぜひ一度のぞいてみてください!
2017年 3月25日(土) 16:00〜18:00 参加者9名
「Bogie’s Bonnie Bell」ボーギの可愛い娘
「The Wee Cooper o’Fife」ファイフの樽屋さん

今回は物語性のある、大変面白い曲を習いました。
1曲目の「ボーギの可愛い娘」は、Bothy Ballad と呼ばれるもので、Bothyとは昔ハイランド地方の農場や草原にあった小さな小屋のこと。それはたとえば羊飼いたちが雨宿りをしたりしてちょっとした避難場所になっていたようですが、近所の農民や労働者たちが集まって飲んだり食べたりして談笑し、「あそこの家でこんなことがあったよ〜」などとあちこちのニュースを交換したりコミュニケーションを取る場所でもありました。
そんな話が歌になり、単調だけれどとても美しい素朴なメロディで歌い継がれていきました。そういう種類の歌をBothy Balladというそうです。
詩の内容は「仕事を求めてハントリーの町に来た僕がその農家の娘と親しくなり子供が出来てしまったが、娘の父親は結婚を認めず、娘は父の遺志に反して鋳掛屋さんと結婚してしまったよ」というものですが、fee には制度という意味もあり、昔は大した技術はないけれど農家と合意して契約して働くいわば出稼ぎのような人たちがいて、身分は低いが認められていた。でも娘が父に反抗して困らせるために結婚してしまった鋳掛屋さんはいわゆるジプシーのような存在で、巡回しながらブリキで鍋などを作る人たちの仲間で、前述の出稼ぎ労働者よりさらに身分が低い存在とのこと。最後は「お父さんのボーギにはその違いがわからない!どちらにしても最悪だ!さらばハントリーのみんな!」と町を去っていくのですが、このようなニュアンスは、うかがって見ないと詩を読んだだけでは全くわからないですよね!
この曲はフォーククラブなどで良く歌われたそうで、60年代に活躍した大変スコットランド訛りの強いArchie Fisherとアイルランド訛りの強いChristy Mooreと女性歌手のMary Blackの歌を聴き比べました。

2曲目は「ファイフの樽屋さん」はとても速くて「ビビディバビディブ」のような言葉が半分占める大変楽しい歌です。「ファイフの樽屋さんがとても繊細な女性と結婚したが、彼女は美貌を台無しにするから、料理も洗濯も裁縫も何もしない嫁だった。そこで樽屋さんは押入れから羊の皮を出して奥さんの背中にかぶせ、お前を叩くことはしないが自分の羊の皮は叩くぞ!と言って叩き、奥さんもこれからは美貌も気にせずパンを焼くわ!」というお話で、チャールズ先生が子供の頃も歌い、80年代くらいまでは小学校で習い、子供たちも呪文のような「ニケティナケティヌーヌーヌー」と楽しく歌ったそうですが、今はDVの問題があり、禁止されたとか! あまりに速いのでとても追いつかず、チャールズさんも昔先生が1番、2番の間に「ha loo〜ha loo〜」とつけて歌ったと聞いて大うけ!みんなで大笑いしながら歌ってみました。
イギリスの男性と女性歌手の歌を聞き、このお話がマリオネットで演じられるとても楽しい映像を見て、さらに普通ワンフレーズが8小節なのですが、この曲は10小節なのでとても珍しいというスコティッシュカントリーダンスの映像も楽しみました。

桜の開花宣言があとの花冷えの一日でしたが、9名の参加者と共に楽しく歌い、毎年恒例になった持ち寄り懇親会も色々な話題で盛り上がりました。
2017年 1月21日(土) 13:30〜15:30 参加者6名
「Cam Ye o’er Frae France?」フランスから来たのか?
「The water is wide」悲しみの水辺
「The road to the isles」島々への道
「Fear a' Bhàta」イーラ・ヴァータ

新年最初の会は日にちが悪かったのか、いつもに比べて参加者は少なかったのですが、新しい方も増えて、とても珍しい歌を習い、有意義な会になりました。
今回の歌は一読してもあまり意味が分からないのですが、たくさんの言葉が暗号になっていて、ジャコバイト軍の蜂起前にあからさまに言えなかったジョージ1世への批判が散りばめられています。王や奥方を歌いつつ、娼婦宿が実は宮殿を意味していたり、中には卑猥な言葉や今でいう放送禁止用語もあり、説明を聞いて驚愕しました。
70年代によく聞かれたそうで、みんな曲名やメロディは知っていますが、今では歌える人はやはり少なく、フォークシンガーによってボーランやドラムを叩きながら歌われるそうです。こうやって民衆が歌って広めていったわけで、当時の歌がどれほど民衆にとって大事だったか、歌で歴史を残す好例と言えるでしょう。
今回の歌は超上級コースで内容の濃いものだったので、いつかもう一度取り上げたいと思います。
この後、スコティッシュ・デイでご披露する歌を3曲丁寧に復習しました。

次回は2月5日(日)12:30〜 ゲール語の会の前の時間に、練習をいたします。
皆様是非ご参加くださいませ!

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