◆スコットランドを語る会 活動報告 2016年◆
【第81回】 2016年 9月12日(木) 18:00〜 参加者8名
発表者:一條恵子さん
テーマ:スコティッシュ・ハープの魅力 〜「2016エディンバラ国際ハープフェスティバル」に参加して〜

一條さんは都立高校の国語の先生です。娘さんの誕生を機に音楽の素晴らしさに目覚め、仕事・家事・育児に追われる中、時間をやりくりしてハープを学び続けて18年になります。10年前からいつかスコットランドでハープを学びたいという夢を育んできましたが、今春、JSS第1回短期研修生として「2016エディンバラ国際ハープフェスティバル」に参加し、ハープの講習を受けて夢を実現されました。
会場入口
会場の広々としたキャンパス
発表ではまずハープという楽器について、資料写真を使って説明がありました。現在、ハープは膝に載るほどの小さな楽器からオーケストラで使われるグランドハープまでいろいろな種類があり、大きさも姿も音色も実に多様です。
続いてスコットランドのハープの歴史へ。2012年、スコットランド西部のスカイ島にある洞窟で、2300年前のライアーの一部とされる5センチほどの木片が発掘されました。現在のところ、それがスコットランド最古のライアーではないかと考えられています。中世には金属弦のハープを奏でるミンストレル、またバードと呼ばれる吟遊詩人たちが活躍していました。しかし吟遊詩人が消滅すると、18世紀末、スコットランドではハープの伝統も途絶えてしまいます。しかし19世紀末、ケルト・リバイバルの一部としてハープの復興が始まりました。ただし「復興」で使われたのは伝統的な金属弦ハープではなく、ガット弦やナイロン弦などを張った新しいタイプのハープでした。スコットランドでは、「リバイバル」の中で出てきたこの新しいタイプのハープも「クラルサッハ」と呼ばれていきます。
ピクト人の石碑に見えるハープ 700‐900AD
(Wikipedia:Music of Scotlandより)
20世紀になるとスコットランドではハープの復興が本格化しました。この「復興」のプロセスで行われてきたのは、伝統曲の発掘、見直し、そして新しいアレンジで新しい表現を開いていくこと。古い曲だけでなく、新しい曲をも創出していくこと。今やスコットランドの伝統に根ざしたすばらしいハープ奏者たちが世界的に活躍する時代になりました。この「復興」の活動を担ってきたのが「クラルサッハ協会」(The Clarsach Society)です。イギリス全土に支部があり、今年で創立85周年。毎年この協会が主催してきた「エディンバラ国際ハープフェスティバル」も今年で35周年を迎えました。
中世のラモントハープ(スコットランド国立博物館)
一條さんは、心に深く響く美しいメロディーを持つスコットランドやアイルランドの曲、ケルトの曲、イングランドの古い曲などにとても魅力を感じるそうです。歴史を説明した後は、曲の解説を交えつつ、20世紀に生まれた曲、スコットランドのハープ奏者が新しいアレンジを加えた伝統曲などを何曲か演奏されました。その中でも特に、ジャコバイト蜂起に関わるクラン同士の抗争が背景にあると見られる2曲(‘The Cattlefold of Kintail’ や‘Massacre of Glencoe’ )には、どこまでも美しくまた切ない響きがあると一條さんは感じています。それは深い癒しの調べでもあります。さらにスコットランドの伝統曲を一條さん自身がアレンジしたものも2曲演奏されました(‘Arran Boat Song’と‘Kelpie’)。
ハープ展示会会場周辺
そして最後は、フェスティバルでの講習のお話です。
期間は4月1〜6日。会場はウェイヴァリー駅近くからバスで約20分、エディンバラ郊外南西のColintonにある、広々としたキャンパスを持つMerchiston Castle Schoolです。この学校はイングランドのパブリック・スクールをモデルとした男子校です。敷地の奥にあるLaidlaw Houseという寮に泊まられました。
ハープ講習はレベル別に多数設けられています。今回一條さんは、好きなハープ奏者や興味を持っているハープ奏者のコースを選んで受けられました。朝7時半くらいまでには構内のカフェ・レストランで朝食をすませ、その後、午前中に2つの講習に参加。昼食を軽く済ませ、すぐ午後の講習へ。その後、ホールで午後のコンサートを聞き、終わるとそこからさらに別の講座へ移動します。合間の短い時間も無駄にせず、ハープ展示会を回ったり、楽譜や本を探したり。そして夕食の後は夜のコンサートを聞きに再びホールへ。それが終わるともう夜9時半すぎくらいになります。しかしまだまだ、そのあともさらに盛り上がりたい人たちのために、‘Late Night Session’ があります。楽器を持って参加するのもよし、セッション会場には小さなバーもあるので、ただ好きな飲み物を片手にリラックスして過ごしてもよいそうです。

今後、少し長めのスコットランド滞在を何度か繰り返してスコティッシュ・ハープの修行を続け、現地のハープ愛好者の方々と交流してこようと、一條さんは考えられています。
(担当:山田修)(写真:一條恵子)
【第80回】 2016年 7月21日(木) 18:00〜 参加者16名
発表者:三村美智子さん 井崎淳一郎さん
テーマ:春のスコットランド・ツアーを旅して
快晴のアラン島の朝
3月31日から出発した旅は13人、滞在9日間で7日間は雨という毎日でしたけど、雨は関係なくよい旅になりました。
旅のハイライトがいくつもあります。乗り物の種類も多かったです。飛行機、エディンバラの市電、観光バス、エディンバラから復活した「ボーダーズ・ライン」の電車でサー・ウォルター・スコット邸へ、湖をわたる小船と島への大型船、地元の小さな貸し切りバスはアラン島で、またエディンバラでは普通の市内のバスに乗った人も!観光バスばかりではありませんでした。
フォース・ブリッジを背に記念撮影
世界最大の2頭の鋼鉄の馬
南部を中心にしたのですが、一日目は中央部の、フォース鉄橋、クイーン・メアリが幽閉されていた湖の中の小島、明治の頃にスコットランドで半田たきがデザインした日本の庭が今復元中でそこに表敬訪問、パイナップルを載せた奇妙な玄関のある家、それにカナル・センターすぐそばに建てられた世界最大の2頭の鋼鉄の馬(彫刻家による30メートルの作品は民話のケルピーという水馬を元に)、こういったところは一日で、時にはやみ時には強風で土砂降りの雨の中、歩いて拝見。それでも、楽しい旅の始まりでした。
ジェドバラ・アビー
アラン島、マクリームーア遺跡のスタンディングストーン
メルローズ寺院や破壊されてもなお美しいジェドバラの修道院跡、しっとりと濡れるそこかしこに時代と歴史を感じながら歩きました。アラン島は晴天で一日島めぐり、スタンディング・ストーンを見るためには、往復で10キロ以上は歩きました。皆健脚!なかなかお昼にありつけず、バナナやリンゴをかじったり、レストランの「Today’s soup」も十分に良かった。
19世紀後半に日本で1年は暮らした画家のE.A.ホーネルの自宅には作品があり日本からの購入品があちこちにあって、心がなごみました。旅の一行は最後にそこで、Auld Lang Syneを日本語で合唱して、ホーネルと日本人の「再会の喜び」を歌ったのです。

旅は仲間と行きたい所に行く、今回も協会らしく内容の濃い旅となり、スコティッシュの友人たちと再会する機会ともなりました。仲間の素晴らしいアルバムが協会にあります。
(三村美智子)
訪れるいたるところで水仙が咲いていました
企画立案と引率的立場でこのスコットランドの旅を大成功に導いた三村美智子さんと井崎淳一郎さんにお願いし、今回の旅を振り返っていただきました。
旅行参加者13名のうち、8名がこの会に集まり、再会をお祝いする会としても盛会でした。旅行参加者のひとり、國田さんは三村さんたちのお話に合わせて、コンピューターで現地の写真をお見せくださったり、旅行参加者のみなさんからは補足や感想が述べられ、また、旅行に参加しなかったみなさんからは多くの質問が出て、参加者のみなさんにお答えいただきました。
三村さんたちの臨場感あふれる楽しいお話を聴いて、次回またこのような旅があればぜひ参加したい、という希望も多く、明るい雰囲気で、会を終えることができました。
(中尾正史)
【第79回】 2016年 5月13日(金) 18:00〜 参加者15名
発表者:小宮芙巳子さん
テーマ:スコットランドの地で躍るスコティッシュカントリーダンス

小宮さんが英会話学校のマネージメントの仕事を長年していた時に長くハイランドゲームズに関わっており、ある年のハイランドゲームズの前夜祭にて、ダンスのジャッジとしてスコットランドより来日されていたジムリーさんにいきなり踊りを誘われました。其の方のリードが素晴らしく、もっと踊りたいと思い、協会所属のタータンクラブの門を叩いたのがスコティッシュカントリーダンスにはまるきっかけとなりました。
小宮さんがとられたクラスの受講生
2列目中央の黒いシャツを着た女性が先生
右端の青い服を着た女性がコーンウォールのお友達
それから3年目、2009年の夏、とうとう本場スコットランドのセント・アンドリューズで開催される、Royal Scottish Country Dance Society(=RSCDS)主催のこのダンスのサマースクールに参加するまでになりました。タータンクラブで指導をされている近藤さんや仲間の小山さんに連れて行って頂いたのが最初です。その後ほぼ毎年参加する事になるとは其の当時は思いもしませんでした。
RSCDSとはスコットランドのダンスの保存と普及のために、1923年に設立され新しいダンス及びダンス曲の出版、埋もれているダンスの発掘、公認教師の養成、サマースクールの開催など、様々な活動を通してスコティッシュ・ダンスの普及に努めている団体で、現在本部はエジンバラにあり世界各地に其のブランチがあり、日本にも3つのブランチがあります。

宿泊所はスコットランドで一番古い大学セント・アンドリューズ大学のUniversity Hallで、夏期期間中、学生不在の学生寮。各自個室で、其の設備は本当に万全、何の不自由もなく過ごせました。建物の廻りの広い美しく整備された芝生には、朝夕沢山のリス達が楽しそうに遊んだり、えさを探したりしています。
レッスンを受けているところ
お話によると、コースは全期間4週間あり、その内の日曜日から日曜日までの1週間、あるいは、希望するなら2週間まで継続して受講できます。朝7時にバグパイパーが演奏して宿舎の廻りを回り、朝食の時間を知らせてくれます。レッスンは9時から約3時間弱、クラスの人数は15名から20名位ですが、時に30名近いこともあります。レッスンの会場は全て宿舎のあるUniversity Hallから離れた街の中に点在しています。クラスレベルは6段階あり、申し込みの時に自己申告でクラスを選びます。毎回のレッスンでピアノか、フィドル、或は、アコーデイオンのベテランミュージシャンが必ずダンスの伴奏をしてくれます。レッスンは、当然ながら英語のみ、そのため日本人にとって多少ハンデイとなりますが、通常からダンス用語は英語ですし、ダンス用語以外の会話については理解出来ないでいても特に不自由はしないとのこと、他のダンサーの行動を見ていれば理解出来ると、言われました。

午後のクラスはオプション。毎晩どこかで開かれているダンスパーテイーのプログラムの練習、その他レデイースステップや、ハイランドステップのクラスもあります。参加者は、それこそ国際色豊か、イギリス国内からはもちろん、アメリカ、フランス、イタリア、ドイツ、スイス、中国、チェコ、スペイン、オーストラリア等から、皆さん真剣に受講します。
朝食時の大食堂
ところで食事ですが、University Hallの大食堂で食べますが、それは素晴らしいもので、大きな机がずらーっと並び、200名近い滞在者が一堂に会して食事する様は壮観です。メニューは入り口に書かれており食堂に入ると左脇にその日の料理が並び、コックさん達がそれぞれの料理をサーブしてくれ、3食ともそれは豪勢でビックリするほどの量です。イギリス独特のポリッジ(オーツ麦のおかゆ)、そしてハギスも必ずあります。
ある日の昼食メニュー
また、毎晩開かれているパーテイーでは、地元のダンサーの方々とも交流もでき、University Hallではケーリーが開かれ、参加者の国際色豊かな隠し芸や、講師達の楽しいパフォーマンス、ミュージシャンの演奏などを楽しむことができ、また時に、街でショッピングをしたり、有名なゴルフコース沿いを散策したり、映画『炎のランナー』でも有名になった長い砂浜を歩くのも楽しみの一つです。小宮さんは、初めてのサマースクールでお友達になったコーンウォールからの参加者と親しくなり、ある年、その方のお宅に1週間滞在したことがあります(『スコットランド便り79』を参照)。
(担当:山田修 写真:小宮芙巳子)
【第78回】 2016年 3月18日(金) 18:00〜 参加者10名
発表者:梅津昌彦さん
テーマ:スコットランドいろいろ旅行半世紀

梅津さんは1961年友人3人と“ミニ”で旅行されたのを皮切りに、昨年は奥様と列車・タクシーでのオーバンの旅行、その傍ら水彩スケッチを描きながら、10回ほどスコットランドを広く旅されました。1976年にご家族3人で、ボーダーカントリーのセルカーク近郊で過ごされた乗馬教習農家での1週間、昨年の金婚記念のオーバン旅行を中心にまとめてみました。
乗馬教習にて、奥様と娘さん
乗馬教習農家の人々と、右端が梅津さん
40年ほど前、セルカークの南西、エトリック・バレイ(Ettrick Valley)の乗馬訓練付き農家滞在1週間の項を見つけ、早速申し込まれました。乗馬ヘルメットとブーツを準備して参加、到着早々からポニーにまたがり、3日目には乗馬調教資格のある女主人について広々としたボーダーズの原野をトレッキングすることができました。それはこの上ない爽快な気分でした。
一週間の滞在中にホイックの織物工場やメリー・スチュアートゆかりのハーミテージ城跡にも案内してもらいました。
翌週は北上してエディンバラでミリタリ・タトゥーを楽しみ、さらにはグレンイーグルス・ホテルに連泊、ブレア城、ブレア・アソール蒸留所、ネス湖、グレンコーのキングズハウス・ホテル泊と忘れられない家族旅行でした。
キングズハウス・ホテル(水彩スケッチ)
アイリーン・ドナン城(水彩スケッチ)
昨年の金婚記念旅行では、奥様のテーマは「ペイズリー模様」と「レニー・マッキントッシュ」。
梅津さんは「マッさんとリタ」、「ジャコバイト号」、「アイリーン・ドナン城」。これでスコットランド旅行の完了です。
ペイズリー・毛織物の工場生産没落後の街並み、博物館には少しばかりがっかりでした。マッキントッシュはグラスゴー大学の「ハンタリアン・ギャラリー」が秀逸です。勿論「ウイロー・ティー・ルーム」での午後の紅茶も楽しめたし、火災後修復中の「スクール・オブ・アーツ」のファサードも家内にとって、27歳での建築コンペ優勝作の片鱗を感じさせるものでした。
フィンガルの洞窟で、梅津さん夫妻
グラスゴーからオーバンまでロッホ・ローモンドを垣間見ながらスコットレイルの旅。オーバン港の両ピアの真ん中の小さいホテルに5泊。目玉の一つ「マッさんとリタ」のキャンベルタウンの「ホワイトハート・ホテル」(竹鶴政孝のモルト修行地でかつ新婚宿)、外観はまだ綺麗な3階建ては残念なことに半年前に廃業との由。
オーバン3日目に昔一緒にスコットランド旅行した娘さんが合流し、スタッファ島とアイオナ島を見学。オーバン港南桟橋のレストランでの新鮮な海鮮料理は満足度最高でした。
ホワイトハート・ホテル(水彩スケッチ)
オーバン港の夜(水彩スケッチ)
グレンコーの「キングズハウス・ホテル」、40年前はリゾートホテルの趣もあったのに、いまはハイカー専用の宿のようで少しさびれた感じがしました。表へ出ると大きい野生の牡鹿が草を食んでいて驚かされました。
グレンコーの野生の鹿
フォートウイリアムからの「ジャコバイト号」では、目玉のグレンフィナン陸橋の写真を撮ろうとデジカメ片手に窓から乗り出すと、汽車の排煙に混じった石炭粒が目に入り、とても続けられたものではありませんでした。
スコットランドで一番綺麗だと言われるアイリーン・ドナン城はかなり観光化されていて混雑していましたが、ロッホに浮かぶその姿は文字通り“絵になる”姿でした。

その他、1999年、2002年のシニア4人組でのゴルフ旅行、2011年の「メリー・スチュアートゆかりの城巡り」などを話されました。
(担当:山田修)
【第77回】 2016年 1月29日(金) 18:00〜 参加者7名
発表者:田口輝子さん
テーマ:『スコッツマン』とミステリー

田口さんは大のミステリーファンで、いろいろと読まれています。
『スコッツマン』の記事をヒントに、田口さんの想像の世界は広がり、記事と同じような個所を持つミステリー作品を3点思い浮かべます。

塀や堤防、建物の土台までこわす植物イタドリ対策の記事(2010.3.8)から、イタドリについて書かれた箇所のある、ジェフリー・アーチャーの『誇りと復讐 上・下』(永井淳訳、新潮文庫、平成21年)を紹介します。イタドリは19世紀観賞用として英国に持ち込まれましたが、コンクリートやアスファルトを突き破るほどの旺盛な繁殖力から、「世界の侵略的外来種ワースト100」に選ばれています。この作品では、イタドリは濡れ衣を着せられた主人公の復讐の手段の1つとして使われています。

ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドが行員用に一大センターを作ったという記事(2005.4.19)から、イアン・ランキンの『最後の音楽』(延原泰子訳、ハヤカワポケットミステリー、2010年)のファースト・オルバナック銀行の、緑地帯に新しく作られたばかりの本部の描写を念頭に浮かべ、この本を取り上げました。オルバナックはゲール語のScottish、Scotsの意味です。この作品はエディンバラ城近くで起きたロシアの反体制詩人の撲殺事件に取り組む、リーバス警部の60歳退職の最後の10日間を描いています。

ゴルフの聖地セント・アンドルーズのゴルフクラブが、セント・アンドルーズ大学の学長が女性のときに会員権を与えなかったことに対する当時のスコットランド首相アレックス・サモンドの抗議の記事(2013.6.29)から、松本清張の『アムステルダム運河殺人事件』(角川文庫 昭和48年)の中の「セント・アンドリュースの事件」を取り上げました。時刻表のトリックを使った殺人事件です。

エディンバラ・フェスティヴァルは毎年『スコッツマン』の紙面をにぎわせていますので、特定の記事とは離れましたが、クィンティン・ジャーディンの『スキナーのフェスティヴァル』(安倍昭至氏訳、創元推理文庫、1998年)を紹介します。8月のエディンバラ・フェスティヴァルで爆弾テロが発生、スキナー率いるエディンバラ刑事部がその解決に活躍します。
次いで平岩弓枝『御宿かわせみ』シリーズの4『山茶花は見た』から「鬼女」を取り上げました。スコッツマンの記事から離れますが、スコットランド協会の事務所の近くの大宗寺が言及されています。
『アムステルダム運河殺人事件』と『スキナーのフェスティヴァル』はJSSの図書にあります。

少人数でしたので、かえって自由に話し合うことができたかと思います。
(担当:山田修)

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