◆バーンズ・サパー◆
バーンズ・サパー
ロバート・バーンズの写真を飾ってバーンズ・サパー
1月25日は「国民詩人」ロバート・バーンズの誕生日であり、「Auld Lang Syne」は彼の詩の一つであることを知らないスコットランド人はいないだろう。スコットランドから1万キロも離れた日本においてすら、明治時代にその歌詞が「蛍の光」に差し替えられたとは言え、今も変らず「Auld Lang Syne」のメロディーが毎年何万人もの卒業生の感涙を誘っている程だから。
バーンズ詩が人口に膾炙するに及んで、自然発生的に「バーンズ・ナイト」―バーンズには夜のイメージが相応しい―が生まれ、「バーンズ・ナイト」を通じてバーンズを偲ぶ場が世界各地に広まった。

私はバーンズ・ナイトのように熱くそして爽やかに、時代や場所や人種を超越して開催される祝賀会を知らない。バーンズ・ナイトの魅力と普遍性はバーンズ詩に溢れる人間の感性と強烈なスコティッシュネスにあると思う。スコティッシュネスの地位を確立したタータンの個性美、スコットランドの食文化を代表するスコッチ・ウイスキーとハギスの風格、ユニークなバッグパイプ、土の匂いのするスコットランド方言、そしてバーンズ詩に横溢する愛国心と友愛の精神が五感を通じて我々の心を痺れさせるのである。
「食物があるのに食べることが出来ない人がいる。食べることが出来るのに食物がない人もいる。しかし我々には食物があり、食べることも出来る。さあ、神に感謝のお祈りを捧げようではないか。」
と祈るSelkirk Graceの言葉の中にバーンズ・ナイトの心が宿っている。

バーンズ詩の時代的背景―と言う程のことでもないが、18世紀後半のスコットランドは将に大英帝国の偉大な恩恵に浴そうとしていた。政治家は帝国の政治舞台に参入して国威を発揚し、ハイランドの将兵はフランスと戦って勇名を馳せ、企業家は産業革命の推進に貢献し、知識人は啓蒙思想とロマン主義の高揚に努めていた。
1759年エアシャーの小農に生まれたバーンズは、長ずるに及んで移民を志し、農作の合間に詩集の出版を試みた所予想外の成果を得た。これを機に詩人の道を選んだバーンズは、時に人間の良識や崇高な精神を追求し、時に勇敢な先祖を賛美して愛国心を高揚し、時に貧困・権威・不平等に立ち向かって政治的社会的熱情を風刺詩に託し、時に作詩を通じて民族文化や伝統の継承に努めた。何時しかバーンズ詩に深く感動したスコットランド人は彼を「国民詩人」として敬愛するに到ったが、不幸にしてリュウマチを患ったバーンズは、「ビクトリアの繁栄」を待つことなく、1796年37歳の若さでこの世を去った。
ハギス入場
バーンズの詩の朗読
2010年1月23日神戸の外人クラブで関西セントセントアンドルーズ協会主催の下で開催されたバーンズ・サパーに出席する機会を得た。出席者約40名の大半はスコットランド人とヨーロッパ人で、日本人の配偶者を伴う人も少なくなかった。
当日のプログラム中、何と言っても日本人の幼児が一所懸命に口ずさんだ「Address to a Haggis」の熱演と,スコットランド人女性が物語の主人公になりきって名演した「Tam O Shanter」の迫力は実に圧巻であり、当日の出席者全員をバーンズ・ナイトの世界に引き摺り込んだ。それに引き続くバーンズ詩朗読の間も、私はスコットランド方言を無理に理解しようとする努力を放棄して、ひたすらその朗読が醸し出す知的な民族的雰囲気に陶然として身を任せた。

バーンズ・ナイトではサパー・メニューも大事だ。因みにスコットランドでは「サパー」と言う言葉をディナーと同義に用いるのは上流階級社会だけと聞く。スコットランドは紛れもなく階級社会であるが、階級横断的な「バーンズ・ナイト」のサパーが「上流階級風」と言うのは些か理解しにくい所ではある。
ともあれ、当日のサパーには代表的なスコットランド料理であるCock-a-Leekie SoupやHaggis Neeps ‘n Tattiesなどが振舞われた。ご存じの通り前者は鹿または牛の骨のだし汁に葱とベーコンの切り身を入れ、塩・胡椒などで味付けしたスープを言い、後者は羊の心臓・肺・肝臓、たまねぎ、オートミールなどを材料とした腸詰にターニップ(かぶらの一種)とジャガイモを添えた盛り合わせを指す。日本では本場スコットランド並みの食材を入手することに難があるので、已む無く類似した日本の食材と日本風の味付けにならざるを得ない。このことが単にサパー・メニューだけに限られたことではないことに気がついた時、世界各地のバーンズ・ナイトが持つであろう豊かな多様性に対する私の好奇心がくすぐられる思いがした。

いよいよ閉会だ。出席者全員が立ち上がってサークルを作り、クロスハンドで手に手を取り合って「Auld Lang Syne」を斉唱する。何時もの事ながらほのぼのとした温もりの中で不滅の友愛を願う心情の豊かさと歓びは計り知れないものがあった。その幸福感の最中に、日本のある政治家が唱える「友愛」がチラッと私の頭をかすめ、そして消えて行った――。
タムオシャンタの熱演
ナイフを刺されたハギス
ハギスのお皿

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